櫻井大神宮
参道の左手側に櫻井神社、右手側に櫻井大神宮があります。櫻井大神宮の鳥居は、伊勢神宮から移築されたものです。
創建の際、伊勢神宮外宮と内宮を一度に合祀(ごうし)されたため、大変珍しい、お宮の作りとなっています。
神社の屋根に「千木(ちぎ)」と呼ばれる飾りがついているのですが、この「千木」が水平に切られているか、垂直に切られているかで、祀られている神様が、男神様なのか女神様なのか分かります。(垂直が男神で、水平が女神です)
この千木が、櫻井大神宮の場合、向かって右側が水平で内宮を表し、左側が垂直で外宮を表しています。一つのお宮で、違う建築様式を持っている大変珍しい形です。
伊勢神宮は20年に一度、式年遷宮をしますが、櫻井大神宮もそれに倣い、遷宮を行なっていましたが、1866年の遷宮を最後に止まってしまったそうです。今のお宮は、150年ほど経ったお宮になるそうです。
しかし、とても150年も前に建てられたものとは思えませんでした。


伊勢と饒速日命(にぎはやひ)とのつながり(考察)
この櫻井神社と大神宮の住所が、福岡県糸島市志摩桜井となっています。
志摩といえば、三重県の伊勢神宮を南東に降りていくと、三重県志摩市に着きます。志摩市のホームページを見ると、トップ画像に美しい海岸の写真が載っています。この写真を見て、糸島の海岸を連想しました。
糸島も、伊都と志摩という地名が一緒になって、今の糸島という表記になったのでしょうか。
伊勢神宮といえば天照大御神ですが、実は、言靈においても重要な神宮です。五十鈴川があり、五十鈴という土鈴があります。伊勢には、50という意味が隠れています。
「伊勢志摩」と「伊都志摩」一字しか違わず、言靈的にも、大変重要な役割があるところ。
桜井というと、伊勢神宮の西の方角に奈良県の桜井市があります。桜井という地名は、饒速日命と関わりのある名前だそうです。私は、奈良県に桜井市という市があることや饒速日命と関わりがあることも知らなかったので、大変驚きました。
なぜなら私は、毎朝、饒速日命に挨拶をして、1日をスタートさせているからです。今回の糸島の桜井神社へは、饒速日命が、導いてくれたように思います。
饒速日命は、瓊々杵命(ににぎのみこと)の前に天孫降臨をした神様です。私は、饒速日命が、九州の伊都国から、奈良の方へ旅をしていったように思えて、仕方がありません。
10月に、桜井市の饒速日命由来の神社を訪れましたので、別のブログでその時のことをUPしたいと思います。
